20余名の方々が持ち寄ってくださった一冊の本と言葉。
頁を開くとみえてくる そこに写し取られた、
それぞれの「綴られた時間」。
今晩は5頁目です。ご紹介させていただきます。
どうぞ ごゆっくりお過ごしください。
atelier brahma
ラテンアメリカの『方丈記』であり、『平家物語』である、
だけでなく、
著者のガルシア・マルケスは、多分に紫式部的である。
日本人の私が表現するとこうなるが、
この物語が当時世界中から熱狂的に読まれたということは、
時代や人種が違っても、人は根本的に同じなのだなーということだ。
この物語でもっとも秀逸なのは、その「百年の孤独」というタイトルだと思うが、
淡々と語られるブエンディーア家の物語、
言い換えれば、人の普遍的な営み(愛さえも)を、
「百年の孤独」という一言で言い表した、
そのとてつもない著者のセンスの良さにぶったまげた。
こんなにぶったまげた作品は、後にも先にもありません。
長谷川 賀子
「百年の孤独」 G・ガルシア・マルケス 著 / 鼓 直 訳 新潮社 刊
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大学に入学して 最初に出会った先生が 吉村順三先生
最初の実技課題が 先生の名作「軽井沢の山荘」の図面のトレースでした
私の建築家への道のスタートです。
以後、何度もこの本を見て 先生に追いつこうと思い今まで来ましたが
なかなか届きません が死ぬまで頑張りたい。
柴田 彰
「小さな木の家 軽井沢山荘物語」 吉村 順三 著 建築資料研究社 刊
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暑さのあまり大気の酸素濃度が低く感じられるような夏の終わりの午後に、
同じ位のサイズで同じ位の高さの建物がすし詰めにぎゅうぎゅう詰まった街の
ポストモダン建築のビル、手狭で心許ないエレベーターを上階まで上がった
小さなギャラリーを訪ねた。
静謐に、心の底まで見抜かれそうな鋭い目。
なのに表情はとても澄み渡って穏やかな主人だった。
微かに調光された空間には、遥か昔の道具であろう木片に並んで
現代作家の黒光りした器が置かれていた。
横並びの木片と器の間に或る永い長い時間軸になぜだか安堵した私は
いただいた茶と共に夕暮れまでの時間をそこで過ごした。
主人と何を話したかあまりよく憶えていないけれど
きっと、他愛もないことを幾つか話しただけだったかもしれないけれど。
一輪挿しにホトトギスが活けてあったことは覚えている。
帰り際には、またいらしてください、と丁寧に見送っていただいた。
しばらくのち、クートラス展の案内を頂きまた訪ねた。主人はいなかった。
カルトに描かれた聖者が無邪気に悪戯っぽい笑みを浮かべている。
無邪気な眼差しはまたも私の心根を貫く。
ギャラリーの主人の訃報が届いた。
一昨年、クートラスの作品集が出版されると知り、すぐに求めた。
本の中で詩人・小池昌代さんの綴る「カルト・ノイエ」が
あの夏の午後に私をいざなう。
「残酷な暑さの続く夏だった。------------------------
-----------------夕暮れはもう少し先ですわ。私たちは生きましょう。」
高部 葉子
「ロベール・クートラス作品集 僕の夜」 エクリ 刊
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本展開催にあたり、惜しみないご協力を賜りました 平野雅彦氏/51さい に
最敬礼で感謝申し上げます。
そして、市原健太さんをはじめ、本とともにご参加くださった18名のみなさま、
綴られた「時間」をありがとうございました。
おいで下さった皆様にも感謝を込めて。
それでは またいつか、第二回をどうぞお楽しみに。






スウェーデンの古い刺繍本からのパターン

